反省:開院後常にコロナ禍から逃げずに向き合い、心が荒んでいたかもしれません。

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院長書き込みです。

 

本日は、このような公式HPでいうことでも無いのかもしれませんが、自分を見つめ直し(仏教用語では観心と言います)内省の意味も込めて書き込みます。

 

私自身の性格として、

●筋の通らないことや曲がったことが大嫌い

●医療に真面目でないことが大嫌い

●整理された状況に身を置かないことが大嫌い(清潔で奇麗な医療空間で、穏やかな診療を行いたい。大声で恫喝するように見える患者様や酩酊であったとしても睨みつけるような視線を送るように見える患者様は嫌い。)

な面があります。

 

人間、皆それぞれの正義があり、他者の正義は必ずしも自分の正義でないことは理解しているのですが、どうも整理がつかないこともあります。

特に、コロナ禍においては当初、『医療者たるものヒポクラテスの誓いを遵守し、どのような患者様でも身を挺して診るのが仕事である。』との想いが強く、コロナから必死に逃げようとしているように私には映ってしまう医療者への強い怒りと、それを大きく変えることができない無力さを痛感していました。

開業に至った理念も同様で、救急医療において言い方は悪いかもしれませんが【たらい回し】をする医療者達が許せず、特に中・西播磨地域ではそれが顕著に映りましたので、自分がなんとかしなければという想いから開業に至りました。

 

開業してもうすぐ2年を迎えますが、最近自分を観心していて気づいたことがあります。

理念は絶対であり矜持しなければいけないことではありますが、理念に押しつぶされて心的健康を損ねてはいけないという点です。

 

最近時折、極一部の患者様に対してではありますが、私から見て筋の通らないことをおっしゃる患者様には強く叱責し場合によっては当院にお越し戴かなくても結構であるとさえ思うことがありました。(もちろん、その場合でも該当患者様が命の危機に晒されている場合は医師として全力で診させていただくという信念はありますが、私から強く叱責された患者様は、そのようになっても当院を希望されない可能性があります。)

おそらく、その患者様にはその患者様なりの筋があって一見私には筋が通らないように見える発言や態度をされていたのでしょう。

しかし、果たしてこれは私の理念【お困りの患者様はすべからく対応させて戴く】を遂行することになるのだろうか・・・と考えなければなりません。

 

コロナは怖い病気です。自身やスタッフが感染すれば休院になる可能性や最悪私が感染して復帰できなくなると閉院になるリスクがあります。かかりつけ患者様にもご迷惑をお掛けすることになります。これらの不安を抱えながら、しかし私の信念上は医師として絶対に向き合わなければいけない病気でもあります。

言い訳にはなりませんが、この日々が知らず知らず心的健康を害していた可能性はあります。

 

これらを休院日に真剣に観心していました。

 

結果として、今の私に出来ることは、自身の器を大きくすること、他者の正義が自身の正義と異なると感じても、それはそういうものであると受け入れることであるかと考えます。

その結果、私が理想とする【ヒポクラテスの誓いを遵守する医療機関】が成り立つのだと信じます。

 

ここに、今まで、私の不徳な発言によりご気分を害された患者様皆様に謝罪させて戴きます。

 

今後は、理念を矜持しながら他者の正義を受け入れられる器を伸ばし、一人でも多くの患者様を救うことに全力を注ぎ続けることを皆様に誓いたいと思います。

 

徒然なるままに駄文を書き散らしました。最後までご覧いただいた方、有難うございます。

2022年4月21日 院長 拝